2006年06月23日

一つの祈り

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2006年06月18日

「黄門様もどき」

「世間、親、兄弟、親戚」といった印籠をかざし、頼みもしないのに意見し、裁きを下す人が
あちこちに出没しています。これらの人を私は「黄門様もどき」とこっそり呼んでいます。



サージ・カヒリ・キングが彼の近著”Healing Relationships”の中で、次の様に書いています。

     「恐れて行動すると、恐れが増強します。非難されない様に何かをすると、
      人生が非難されるという恐れ一色に塗りつぶされてしまいます。そうなると、
      自由に生きられません。自分で選んで行動しなくなるのです。自分の外から
      ご主人様が命ずる通りに動こうとします。今こそ、自由を取り戻す時です。
     (違法行為をしない限り)誰もあなたを裁けません。親も他の誰も裁けません。
      無意識かそうでないかに関わらず、多くの人があなたに対して親の役割を果た
      そうと、裁こうとしたり裁くのが当然にように振舞います。」



自分がそうさせない限り、誰も裁けません。勿論本来神は裁きません。



私はとかく「頑固」「思い込みが強い」「馬鹿にしている」「あんただけ一人でつっぱって
逆らっている」などと、非難され続けてきました。それでも私は自分のやり方で精一杯
周りの人々と自分を愛し、世話をし、大切にしているのを、自分自身に認めてきました。

それは、天地だけではなく、必ず誰かが見ていて支えられているからです。「あなたは、
あなたのままでいい」と、言葉あるいは無言で愛が心に響きます。



とっても、有り難いです。



それでも多勢に無勢、常に背水の陣、必死の思いで、肩をいからせながら、足がくがく
させて一日一センチでも前へと這いずり、ののしりを耳に入れず、あざけりの目つきなど
見たくもない。なのに、「正論」の怒鳴り声が波の如く寄せては返しています。

「私のやり方が気に入らなければ無視して、ご自分たちで好きな様になさってください」
というささやかな願いは踏みにじられ、「任せる」「返上する」が堂々巡って日々が回転して
います(遊園地のメリーゴーランドBGMでも流そうかと思う程に)。



さて、私の「黄門様もどき」苦肉の対処法を一つ紹介したいと思います。試行中なので、
皆様からご感想を頂けますと真に幸いです。



「分りました、おっしゃる通りにしましょう」と答えるまでつめよられてなじられる時には、
相手が望む通りにオウム返しに言います。その時欧米では(少なくとも私が知っている)、
左右の人差し指の上にそれぞれ左右の中指を重ねて輪を二つ作ります(イメージでも
OKです)。

これは、天地に「今言っている事は、本心でありません」と、サインを送っているのです。

相手が気が済み立ち去ったら、後ほど本当に伝えたい事や言いたい事を相手に対して
宣言します(声に出せなければ心の中で、あるいは相手に渡せなくても書き出して)。



言葉や文章で直接宣言すると勿論相手は、怒ります。「騙された」「裏切った」「あんた
のために時間を費やして、話してあげたのが無駄だった」「心が通じない」などと言って、
激怒するでしょう。

でも、天地はしっかり受けとめています。

こちらが求めてもいないのにその人(達)にとっての「正しさ」を押しつける事自体が、
もともとルール違反なのです。

もっと楽しく肯定的にイメージの力を用いた「黄門様もどき」対処法を考え出そうとして
いますが、今のところ皆目浮かびません。皆様からお知恵を拝借できましたら、誠に
幸いです。

アロハ & マハロ!


追記
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2006年06月16日

今ここで

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        今ここで生きている この身体が 穢れ 醜く 汚いと 裁けるのは 誰だ

        今ここで脈打ってる この鼓動が 歪み 狂い 愚かと 裁くのは 何故だ

        ののしりの矛先が 自分に折れて 胸を突く 痛みは 私のせいだと 責めても

        貴方は 私を映し 私は貴方を 愛する 心が遠ざかっても 愛は投げ出さない

        決めたのは私 選んだのも私 誰もとがめない 枠外した生を悔いなく生きるさ
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2006年06月10日

自分を見失いそうな時には

                 今を祝福する
                
追記
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2006年06月07日

love.gif

               愛が 最初 鼓動を 打った

               愛が 育み 癒し 調和とる

               愛が 一つに 中の心 唄う

               愛が 響くと 夢が 起きる

               愛が 貴方 向かう私 映す
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2006年06月05日

あなたは最高です

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「あなたは最高です」には騙されないぞ おだてて何を得たいんだ?

人をいい気にさせて 陰であざ笑って 馬鹿にする魂胆なのだろう?

・・・と、花は言わない。


           あなたは そのまま 最高です
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2006年06月04日

忘れる

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あまりにも多くを忘れてしまうのは、問題だとみなされます。

安全で快適に暮らす為に必要な記憶は、周りが補えます。    

 
亡くなった人の在りし日の姿を忘れるのは、薄情とみなされます。

この世と別な場所で生き始めるには、忘れられた方が身軽です。
     

去った人を忘れて他の人に心が移るのは、多情とみなされます。

その人は去って、別な人に出会うための場を空けてくれました。
     

古事を忘れて、新事を覚えます。

過去を忘れると、今を生きます。
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2006年06月01日

力み晴れ

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            一人で抱えて がんばりがんばれで 空回り
 
            痛くても苦しくても にこにこふふふ 空笑い

            仲間支えて 力んだ力 ふわりんと 空舞い

            上がって むくむくと 羽ばたく夢の 空晴れ
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2006年05月29日

私で在る

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    私は私で在るのを知っている I AM.

    私は私で在るのを現している I AM THAT I AM.

       追記
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2006年05月21日

般若心経

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「般若心経」は花の経とも呼ばれ、仏教だけではなく神道でも唱えられます。
私も毎朝、山に向かい三回唱えます。山や木々、鳥や虫とも心を合わせて
唱えます。

般若心経の全文と訳(サイト:心のページ)
http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/religion/hannya.htm

映画ダライラマの般若心経(劇場版)の解説(サイト) http://www.flyingjib.jp/lama/intro.html

ダライラマの般若心経と野口嘉則さんの「鏡の法則」を紹介している記事
ブログ「地球上みんなの幸せをめざして」
http://blogs.yahoo.co.jp/hiroasakawajp/30590508.html


posted by kako at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

権威について

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最初は少し長い昔話ですが、よろしかったら読んでください。





上京して寮生活を始めた頃、私はバリバリのクリスチャンでした。寮の近くの(それでも歩いて
30分程)英語教会に熱心に通っていました。

その英語教会は米軍基地に住む人々が主な会員で、基地の閉鎖にともない広い土地と建物が
英語教会の日本語青年部に委譲される話が出始めていました。

そんなある日、日本語青年部が集っていた本教会前の小さなプレハブ「ミディ・ハウス」に初老
で穏やかな容貌の男性が訪ねて来て、「私は神様から貴方達の牧者になれ、と啓示を受けて
来ました」とおっしゃいました。

日本語青年部には数十名の若者(既婚者もいましたが)が参加していて、アメリカ人の若い宣教
師が一緒に活動していましたが、彼らは心の奥で強力な指導者を求めていたのだと、今ふり返る
と思います。

その男性の言葉に殆どのメンバーが感銘しました。「・・・・?」と感じて「どういう意味ですか?」
と尋ねたのは、私でした。彼は「次の日曜日から、午後に行われている日本語礼拝での説教は
私がいたします」とおっしゃいました。

それまで日本語礼拝では、アメリカ人の若い宣教師が英語で説教するのを私が通訳していま
した。

「この教派の牧師でいらっしゃいますか?」と私が尋ねると、「福音を伝えるのに教派は関係あり
ません!」とおっしゃいました。

次の週からではありませんでしたが、宣教師と交代にその方は説教を始め、会員の自宅で行われ
ていた聖書研究会での指導も開始しなさいました。

聖書研究会では、聖書を引用してたしなめるのに殆どの時間が費やされました。例えば「林さんは
・・・・と言いますが、それは聖書のこの箇所に反しています」という具合です。

聖書を盾に人を糾弾するのに心が痛み、「牧師とまだ正式に認められてもいない人が、教会員を
このように非難、批判するのは間違っている」とその方に私は申しました。

すると彼は、「悪魔め、神の言葉にたてつくか!」と私に向かって怒鳴りました。吃驚した私は黙し、
彼が言う事をことごとく書きとめて心を落ち着けようとしました。

するとその方は、一層激怒しました。「この悪魔、今後教会に出入りするのを禁止する。二度と
私達の前に顔を見せるな!」とおっしゃいました。

英語教会の牧師に、私は状況を説明しました。その牧師は「あなたは私がお願いして英語礼拝で
オルガンを弾いています。私は牧師として、あなたが礼拝に参加するのを歓迎します」と、言われ
ました。

私は日本語青年部聖書クラスの教師もしていましたが、しばらくして牧師と名乗っている方のお子
さんたち(新生児も入れると8名)の一人が近づいて来て「悪魔なの?」と私を見上げて尋ねた時、
初めて教会で私は泣きました。

ある山奥で開拓伝道をしていた老牧師御夫妻を手伝うため、私はその教会を去りました。

私が去った翌年、英語教会が閉鎖されて日本語教会の牧師に正式になったその方に対し、二人
の女性が「姦淫の罪をおかしました」と申し立て、その方は教会での職を退きました。

そして、私がお手伝いをしていた老牧師がそこの教会で説教を始める様になりました。





さて私たちは、目に見えても見えなくても、特に神や聖なる名によって外から権威が示されると、
自分自身で判断せずに鵜呑みにしがちです。

外から示されるあらゆる権威に対し、その由来と意図を自分で確認する作業はおろそかに出来ま
せん。

霊的交信で高名なある方は、最初交信相手に「貴方は誰ですか」と問い、相手が示す名前や身元
を一時間以上繰り返し書き出し、それからその相手からの交信内容を受け入れると、書いていま
した。

自分の意識より大きな権威はない、と私は考えています。自分の内から聖なる在り方、アウマクア
が何かを示してくれる時、最終判断を私は自分自身で下します。時には間違えることがあっても、
自分として生き・生かされている責任と歓びは放棄しません。

正しいかより、今ここでの最高か、を基準にして自分で判断しようと最善を尽くします。すると
自分にだけでなく、周りにとっても最も良い在り方が結果的に生じるのは、大きな恵みです。

posted by kako at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

戦争の放棄

日本国憲法 第2章 戦争の放棄
〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、
これを認めない。

戦争を放棄するとは、国を守るという名目で人を殺したり殺されたりするのを阻止する積極的な行為です。日本では憲法で宣言しています。それを現政府が改悪しようとしているのは、何故でしょう。

憲法の平和条項改悪に生命を踏みにじっても権力と金力を増やそうとする意志が働いている限り、無視出来ません。

日本国民が自ら選択したのではなく、アメリカによる占領政策の一環として押し付けられた感じが強い日本国憲法を見直そうとする動きや論が敗戦後60年余左右翼から出され続けてきました。

しかし今改めて上記の日本国憲法条文を読むと、その理念の高さに打たれます。どんな大義名分をかかげても国家としても、個人としても殺さないし殺されないと宣言し続ける事を、日本国民の一人として私は守りたいと思います。

他方反戦の市民活動をいくらか経験して私は、反戦運動を展開する難しさについて思います。個人的熱意よりも政治的操作が優先されない様に見張ったり抑制する仕組みがまだ出来上がっていないだけではなく、集団での高揚感や自己満足的な“盛り上がり“に足をすくわれない様にするには、日々どの様な人との関わりで生活しているのかが、明らかに問われるからです。

街頭や集会でも勿論ですが自宅でも、平和の道を共に歩む動きを進めるのが可能です。出来る限りに自分の内が安らいでいてアロハのエネルギーで周囲を満たし、アロハとマハロの力を地球規模で分かち交わして暮らしたい、と私は願います。

参考(サイト):http://tohyou.exblog.jp/
         http://osaka9j.rz.com/index-2.html
          http://our.sakura.ne.jp/9/  
          banner9.gif
        
  (記事):サージ・カヒリ・キング『平和を実現する人々は幸いである』(こちら

追記
posted by kako at 09:22| Comment(4) | TrackBack(2) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

嫌われる

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私は時には人にしっかり嫌われます。以前は悩み、言動をその人に合わせて改善(?!)しよう
ともがきました。

ある時、その人は私との関わり自体が嫌いなのだと気づきました。そこで、私を嫌っている人の
内なる神と会話をする他、術がありませんでした。
「なぜ嫌われるのですか?」
「あなたが私の嫌いな事を表わすので嫌いなのです。あなたも私があなたの嫌いな事を表わす
のが嫌いではありませんか?」

私もその人が嫌いなのを、認めざるをえませんでした。そして、自分の内なる神と会話しました。
「なぜ嫌いなのですか?」
「自分と違うと思うので、嫌いなのです」

自分と違うと思うのは、その人が生きているのと自分が生きているのとが関連して感じられない
のです。考え方や感じ方、物の見方に共通点がないだけではなく、共に生きている実感を得られ
ないのは、重大です。

「どうしたら良いでしょう?」
「その人を自分として感じると良いでしょう」

ハワイ式シャーマンの技術がいくつか脳裡をよぎりました。

「テクニックではなくて、心で感じてください」
「愛するという事ですか?」
「それ以上です。その人の内なる神が語る事に心を傾け、その人の内なる神が望む事をするの
です。こちら側から働きかけるのではなく、相手側から自主的に動くのです」

日々、この課題に私は取り組んでいます。まだ初心者で、試行錯誤を繰り返していますが、
少なくとも人に好かれようとジタバタするのは止めました。その人がその人らしく生きるのを
出来る限りきちんと見て感じようとしています。


追記
posted by kako at 10:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

聖なる夜明け

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        内に神が宿っている それゆえ今ここで生きている と私は宣言します
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2006年05月06日

探している

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               探している それが ここにある なぜ受け取らないの
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2006年04月22日

マウイ語り その7

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クック船長がハワイにやって来る前の昔むかし マウイという男がいました
マウイは大きくなって タヒチ島からイースター島まで一またぎできました
マウイは小さくなって 蚤の背中に乗り野豚の中を巡り渡ったりもできました

ある日マウイが目を覚ますと太陽が天高く昇っていて 兄弟たちは既に沖に
出かけていました

マウイは仕方なく一人で沖へ漕ぎ出しました あちらこちら漁を試みたので
すが 小魚一匹捕れません 船底に大の字になってマウイは 雲ひとつなく
晴れ渡った天を見上げました

「俺一人では何も出来ない いつも兄弟を当てにして 文句ばかり えばって
ばかりだ 俺の中にどんな力があるのだ どうして中から出てこないのだ」

マウイは大声で天に向かって叫びました 答えは返ってきませんでした
マウイは何もかもが嫌になり ふて腐れてひっくり返りました

満天に星が輝き出しましたが マウイはうつ伏せになったままでした 月も
なく海は凪 船縁を洗う小波が立てる音だけが友でした

目を閉じた暗闇の中でマウイは 自分の顔を探しました「俺は誰だ、どんな
顔だ」 腹の中で何かがうごめいているのを感じました うつ伏せが苦しく
なったマウイは 仰向けになって「ウ〜ン」と伸びをしました

するとマウイの中から 小さなマウイが出てきました 初めてマウイは自分の
力を出し 自分の顔を見ました

それから月がない夜にはマウイは 子を生み 育てて 人間一家を築きました

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2006年04月20日

愛 

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2006年04月19日

許し

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                  人には許す愛がある 人には許す知恵がある
posted by kako at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平和

peace.gif

                      平和を実現する人々は 幸いである
posted by kako at 06:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

生まれ出る

birth.gif

posted by kako at 13:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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